科学技術政策の最前線で(大学院所感⑤)

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昨日から大学院共通科目「公衆衛生学総論」が始まった。集中講義のため、非常に変則的な時間割で展開される。6限はともかく、7限の時間帯で開講されることもあるので、講義が午前中から詰まっている日はかなりの疲労を残したまま講義に臨むことになる。が、内容が非常に面白いので、その心配は杞憂だったと思う。

講義はオムニバス形式で、毎回異なった講師の方からお話を頂く。本日は「8割おじさん」として良くも悪くも有名になってしまった、西浦博先生(京都大学大学院医学研究科)のお話の予定だったが、激務のため代わりに同研究室の助教の方がお話された。

「その時何があったか」という感じで、2019年末から2020年5月くらいまでの対応を時系列で追っていくスタイルであった。2020年1月の時点で新型コロナが日本に入ってくることを予見し、様々な数理モデルを用いて予防策を考えていったという内容で、まるで一本のドキュメンタリー番組を見ているような気分だった。

当初数理モデルと聞いて難しい印象を持っていたものの、蓋を開けてみれば統計学の基本的な概念が土台となって彼らの研究や提言は成り立っているではないか!ということに気づいた。確率母関数やポアソン分布など学部時代の講義で学習した内容が目白押しで非常に楽しかった。(確率母関数ってこうやって使うのね…と思ったり)数理モデルを用いてその結果を元に提言を社会に接続させるという、まさに科学技術政策の最前線にいる人の話は非常に刺激があり、90分の講義があっという間に過ぎてしまった。

質問の時間にこんなことを聞いてみた。

「数理モデルの結果を社会に還元する際に気をつけたこと、接続の過程で生じた軋轢等はありましたか?」というCoSTEP受講生なら必ず聞きたくなる問いだ。

その結果は以下のようなものだった。五月雨式に。

基本的に社会に対しての「発信者」の役割は西浦先生が担っていたとのこと。負担が集中していたことは否めない。そもそも人材が足りていない。
「結果」が先行し、「過程」を示す機会がなかった。(42万人死亡予測等)
・政治家が科学を軽視している節がある。リスクコミュニケーション、サイエンスコミュニケーションの基盤が欧米に比べて弱い。

などなど科学技術と社会に類する学問領域で、一度は聞いたことのあるような内容が返ってきた。

これが現実か。そんなことを思った。

ほとんど直感で履修している講義だが、こうして科学技術政策の最前線の話を聞けたことは非常に刺激となった。現場ではなかなか変われない現実があるということも知れた。

おそらく科学技術と社会の関係性は永遠に結論の出ない話なのでは?と最近感じる。だからと言って悲観的になるのではなく、少しでも良い方向に、公共政策学的視点を用いて、持っていくことがCoSTEPで学び、北大公共政策大学院で学ぶ自分の役割なのかもしれないと僭越ながら思った。

こちらの「道」もまだまだ長い…

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