2021年のまとめ ~ようやく北海道とお近づきになった年~

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早いもので2021年も終わりを告げようとしている。
多くの人が昨年抱いたであろう、「2021年はコロナが落ち着く」という夢は見事に打ち砕かれ、結局コロナ禍の年となってしまった。

緊急事態宣言の発令、新型株の出現など、時間が進めば進むだけ嫌なことが巻き起こるという日々を今年も過ごすとは思いもしなかった。

そんな中で進学した北海道大学公共政策大学院。

学び続けたい。という前向きな気持ちは当然高まっていたが、それと同時にコロナによって制約を受けてしまうのではないか。あらゆる活動が制限され同期と会うことすら儘ならないのではないか。もしこのような状況が続いてしまったらどうしよう。そんな不安が期待を上回っていたように思う。ありがたいことに、この不安は杞憂に終わるのだが…

大学院生活の1年目の評価をするのであれば、「非常によかった」の一言に尽きる。

もちろんコロナの制約で動きづらい部分も多々あったが、十分すぎるほど活動ができたと思う。これまでの行動履歴に関してはNEWS欄を見て頂きたい。

2020年はやや辛い年であり、無気力になりがちだったように思える。学部時代も活動を色々と行なっていたが、そこには「自分」がいなかった。

いわば「〇〇の組織の米田」という状態であり、ただただ従属していたに過ぎない存在に成り下がっていた。従属しているだけでも当然学びは多いが、その活動を失った途端に進むべき道を見失い、自分は一体何者なのかという問いにぶつかってしまった。

昨年は学生団体としての活動、CoSTEPでの活動の終幕とこれまで自分を支えてきた活動が終わってしまった節目の年でもあった。当然次の一手を考えてはいたものの、自分の持つべき軸というものはそこにはなく、うまく続かなかった。

このような反省を踏まえて、2021年は「組織の一部の米田」から「個としての米田」の力を高めていこうと決意したわけである。大学院入学直後からフルスロットルで行こう。とにかくそんなことばかりを考えていた。

大学院一発目は「北海道の『道』計画」をぶち上げた。北海道の道路の歴史に魅力を感じ、それを題材とした映像作品を作りたいと思い生み出した企画だ。学部時代4年間を北海道で過ごしたものの、北海道をほとんど味わえていなかった。金銭的、時間的制約に言い訳をつけて行動ができていなかった。ならば大学院でひたすら「現場」を見ていこうじゃないか。こんなことも本計画の裏テーマとして考えていた。

「北海道の『道』計画」では道路の歴史を切り口として、道北、道南、道央、道東のあらゆる地域を訪問することができた。その道中で「道の駅」の魅力に気づき、「北海道の『道』計画」は「北海道の『道の駅』計画」に途中から変貌していたかもしれないが…

計画を通してあらゆる市町村を見たことで、ようやく北海道の現状、課題、魅力についてきちんと知ることができた。この地域には〇〇が、あの場所には〇〇が…なんてことを知り、自らのほっか道に対する解像度が爆上がりした。

この自分で立ち上げた計画に端を発し、そこから様々な活動や出会いに結びついた。読書会、レジリエンス、防災政策研究ユニット、HALCCでの活動などなど。

結局のところ、待っているだけでは何も起こらないのである。とにかく動き続けるしかない。

かつて荒井優先生にきつく言われた

「今の北海道がこんな感じになっているのは北大生のせいだよ」

この言葉がずっと心に引っ掛かっており、ならば北海道を知っている北大生になってやろうじゃないかと決意したことが懐かしい。執念で回り続けた道の駅116箇所、市町村数は数知れず。仲良くなれた自治体の皆様、本当に全ての人々、場所、そしてレンタカーに感謝である。
節操なく動くことも大切と感じた24の冬だった。

北海道5年目にしてようやく北海道と「お友達」になれたのではないだろうか。同時に北大生としての使命を少しずつ果たせているように思う。

北海道で過ごす時間はもう残り少ない。残りの期間で何ができるのか。「お友達」以上の関係になれるのか。そもそもまずは人間の「恋人」が欲しいなとも思うが。。

これからの進路も見据えつつ、2022年も「現場」を見ることを忘れずに走り続けていこうと思う。もちろん自分のご機嫌をとることを忘れずにね。短いがこれくらいで。

それでは良いお年を。

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