Research Paper_2

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今日、リサーチペーパーとして「道の駅」を扱うことが正式に決まってから、初めて道の駅を訪れた。何度も訪れた「北欧の風 道の駅当別」に朝活と称して乗り込んだのだが、研究対象として見るようになると、これまで着目してこなかったような点に気づく自分がいた。

「トイレはこんな感じか」

「地域住民向けの情報と観光客向けの情報があるな」

「あれ?ビニールハウス邪魔じゃね?」

「駐車場が大きいな」

「出入り口が直接国道に面していないので、繁忙期は動線確保が難しそうだな」

などなど、道の駅の綺麗な部分だけでなく目を背けてほしい場所に対してツッコミを入れる。道の駅側からすれば完全に嫌な客である。これまで趣味として訪れていた道の駅が、研究対象に変わったのだと感じる瞬間でもあった。

最近の就職活動を進める中で、自分は一体何をしていきたいのだろうと考えることがある。

研究は確かに楽しい。しかし理論をゴリゴリに研究するのではなく、自分がやりたいのは「実践」×「研究」なのかもしれないということに少しずつ気づき始めた。まさに登別市との研究が合致しており、職種的に言えばシンクタンクになるのだろうか。漠然と公務員になりたいと考えていた自分もいたが、自分はルールメイキングというよりも、新しい領域を開拓していく仕事をしていきたいのかもしれない。

専門職大学院に入学する時点で、そこまで研究活動はできないと思い込んでいた。しかしそんなことはなく、自分の興味関心事項を持ち続ければそれは立派な研究に繋がることに気づいた。道路道路としつこく言い続けたことで、研究に繋がり、その魅力を知ることができたのだ。そして、進路選択に際し、その道を進み続けたいと思うに至る。全く何が起こるか分からないものである。

話は変わるが、先日とある企業の座談会にてこんな言葉に出会った。

「大きな樹木の枝葉になるよりも、小さな木の幹になりたい」

これはその社員さんの就職活動の軸だったそうだが、自分にも当てはまる部分があると、直感でビビッとくるものがあった。これまでの学生生活で出会った社会人たちは、幸か不幸か起業家精神に満ち溢れた人たちが多い。その時は雲の上の人々と思っていたが、いざ自分の進路を考えると、そのような人々の生き方のかっこよさを痛感する。自分のぶれない軸を持ち、社会に対してインパクトを与え続ける。こんなかっこいい生き方があるだろうか。もしかしたら、自分はこんな生き方をしたいのかもしれないと。その切り口として「研究」があり得るのかもしれないと。小さくてもいいから、自分主体で生きていく。これが自分の理想なのかもしれない。

自分はこの言葉を借りることにした。ありがとう社員さん。

と色々語ったが、一旦は行き先を早く決めてしまいたいものである。その上で、修士の実績をきちんと作り、将来の自分を助けられるような成果を作りたい。

現在の自分を助けてくれるのは、過去の自分の積み重ねであるのだから。

P.S.
改めて道の駅をテーマにして良かったと思えた。一人だけではできないこともあるので、協力者たちとともに最高のリサーチペーパーを書き上げようと心に誓った。

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